ダミヘになれるVR~観覧車編~
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chapter1.出会い

彼氏にフラれてしまった。

何が悪かったのか、未だよく分からない。仕事が忙しいのは、お互い様だったはずなのに。

とにかく私はフラれてしまったのだ。

私はその悲しみを癒すため、一人で観覧車に乗ろうとしていた。

待っている間も私を振った彼のことを考えてしまい、悲しいやら悔しいやらで涙が溢れそうになるのをぐっと我慢した。

あんな男のために泣きたくない。そう思うのは、私のプライドだ。

徐々に列が前に進み、係員に声をかけられた。

「何名様ですか? おひとりですね、次のゴンドラでご案内します」

係員がそう言って私を乗り場まで案内したときだった。後ろの方からざわついた声が聞こえてくる。

なんだろうと思いつつも、案内されて私がゴンドラに乗ったときだった。

「それではいってらっしゃ……ちょっと、何するんですか!」

締まりかけていたドアが大きな音を立てると同時に、見知らぬ男が係員を押しのけて乗り込んできた。

「ごめん、ちょっと一緒に乗せて!」

整った顔の若い男が入ってきたと思うと、そのあとすぐにもう一人、大声を上げて険しい顔をした男も強引に乗り込んできた。

「待ちやがれ!」

観覧車の中で動き回る二人を、私は唖然として見守ることしか出来なかった。

「もう! しつこい! 俺じゃないってば」

「じゃあ、そのカバンの中身を見せてみろ」

どうやら二人はなにかで揉めているらしい。先に入ってきた男の鞄を、スーツの男が奪おうとしていた。

「勝手にしてください。ほら。なにも入ってないからな」

追いかけられていた若い男はカバンを放り投げるように渡す。

「はじめから素直に見せてれば良いんだよ」

カバンを受け取った男が、私の存在に気がついたようで話しかけてきた。

「ああ、お嬢さん申し訳ねぇな。俺は刑事だ。さっきショップで怪しい動きをしていたんでこいつを見張ってたら、少し目を放したすきになにか取ったらしくカバンを大事そうに抱えたんでね、追いかけてきたんだ」

四人乗りの観覧車の中で、自分と向かい合って男二人が座っている。

「むしろ俺が被害者だっつーの……なんかもう、どうでもいいけど……」

刑事と名乗った男がガサガサとカバンの中を確認していると、小さな箱を取り出した。

「これはなんだ?」

「指輪だよ」

「盗んだのか?」

「中身見てみりゃいいだろ? 盗んだ指輪に、彼女の名前なんて彫ってあるかよ」

ブスくれているというか、失意の混じっている声で若い男は言う。

二人の剣呑なやりとりにヒヤヒヤというよりビクビクしてしまう。

「どうして指輪なんか持ち歩いてんだ? さては今夜シケこむ気だな?」

「フラれたんだよ!」

怒ったように言った男の言葉に、自分もさっきフラれたことを思い出し、ずっと我慢していた涙が溢れてきた。

「おい、どうしたんだ?」

泣き出してしまった私に、刑事だと言う男は慌てたような声で聞いてくる。

私は今日あった出来事を話した。

「え、あんたも今日彼氏にフラれて、それでこの観覧車に乗ったら俺たちが押しかけてきたって?……そ、それは……なんつーか……元気、だせよ……」

刑事がしどろもどろになる。

「ああ~、そんなに泣いたら、目が腫れちまうぞ? ほら、俺のハンカチ使えよ」

そう言ってヨレヨレのハンカチを渡してくれた。

「女の子泣かせるなんて、最低だな刑事さん」

「俺のせいじゃねぇし……!」

と刑事は慌てていた。別に刑事さんのせいじゃないんだけど、と言いたいけれど、涙が止まらない。隣にいた若い男も、私が泣いているのを見ているうちに一緒に落ち込み始めた。

「そうだよな、泣きたくもなるよ……俺なんて、指輪渡そうと思ってカバン開けたら、何かを察知したように急に別れ話をされて……」

がくりと肩を落とした姿が、いたたまれなかった。

「プロポーズする前でよかったじゃねぇか」

そう刑事がフォローしていた。悪い人ではないようだ。

「そ、こまで……ちゃんとしたもんじゃねぇよ……けど、俺は……」

けれどその言い方は、そのつもりだったんだろうなと思うような口ぶりだった。

フラれた男は私に話を振ってきた。

「お姉さんもいきなりフラれたの?」

そう問われ、私は頷いて涙を拭う。

「そっか……俺はあまりにも急な別れ話だったから、そのあとカバンも開けっ放しでフラフラ歩いてたみたいで、気づいたらスリに財布狙われてさ。慌ててカバン抱えて走ったら、今度はこの人がすげー怖い顔で追いかけてきて……」

そのいきさつを聞いて刑事が軽く頭を掻いた。

「それで挙動不審だったのか、紛らわしい」

「勝手に間違えておいてひでー言いぐさ! これで俺が窃盗犯じゃないって分かったと思うけど、大人として何か言うことありますよね?」

刑事はカバンを全部見終わって、バツが悪そうな表情をしていた。どうやらなにも怪しいところはなかったようだ。

「ちょうど、要請があって見回ってたんだ……勘違いして申し訳なかった」

そう言って刑事が頭を下げた。そして若い男が私にも謝ってくれる。

「誤解がとけて本当に良かったよ。あと、俺は君に謝んなきゃ。せっかくの観覧車なのに邪魔してごめん!」

「俺からも詫びを……巻き込んで申し訳ない。しかも……なんつーか、傷心のところを……ゴメンナサイ」

刑事も続いて謝罪してくれた。なので私は気にしていない、という意味で首を横に振った。

「はー、それにしても……この指輪どうしたもんか……」

指輪を手にした若い男が、大きく溜息をつきながらそう言った。

「未練になるし、捨てた方が良いんじゃねぇか?」

もったいないとは思いつつ、私も刑事に賛成だ。今の私にも彼との想い出は辛いし未練にしかならない。

「だよな~……正直、高い物じゃなくてよかったわ……」

隣でしょげている若い男は、見た目はいわゆるイケメンだ。こんな格好いい人がフラれるなんてどうして? と疑問を投げかけた。

「や、格好いいなんて言ってもらえてなんか嬉しいな……それでもフラれたけど」

すると、刑事が反対側から声をかけてきた。

「コイツもそうだが、あんただってこんなに可愛いのに……振ったやつの気が知れん! 俺なんて忙しすぎてここ数年浮いた話すらねぇのに!」

みんな贅沢すぎだ、と盛大に嘆いた後で、ふと我に返った刑事がきまり悪そうに胸のポケットに手を入れた。

「あ、俺は県警の鷹沢ね」

と警察手帳を見せてくれた。

「見るの初めて?」

もちろん初めてだ。思わずまじまじと見てしまった。

「俺にも見せてよ」

そう言って若い男ものぞき込んだ。

「へぇ、鷹沢さんっていうんだ。つか刑事さん写真もイケメンだな」

手帳の写真は今の風貌よりすっきりした感じで、爽やかなイケメンだった。

「お前も、充分イケメンじゃねぇか」

褒められて照れたのか、鷹沢が若い男にそう返す。

「フラれたけどな! 何回も言わせるな」

「勝手に自爆してるだけじゃねぇか」

コントみたいなやりとりに、私は思わず笑ってしまう。

「やっと笑った。君は普通にしてても可愛いけど、笑うともっと素敵だね。俺の元カノもよく笑う子だった……んだ……」

フラれた彼女を思い出したのか、少し言葉を詰まらせた。

「泣いてもいいぞ。ほら俺の胸を貸してやる」

まさか胸を貸すと言われるとは思わなかったのだろう、驚いたあと泣き笑いのような顔になった。

「あはは! そうだよな、俺を窃盗犯と間違えたんだからそのくらいはしてくれないと……」

そう言って若い男は刑事に近寄ると、本当に胸に顔を埋めズズッと鼻を鳴らす。

「おい、鼻水つけるなよ。……それにしても、この観覧車……ゆっくりだな」

徐々に高くなっていく観覧車は、日本有数の高さだ。

「たしか一周、二十分くらいだったかな」

「へえ、詳しいな、えっと……お前さん、名前は?」

「木村、です。鷹沢さんが誤認逮捕しそうになった男は木村といいます」

わざとらしくそう言うと、刑事は眉を下げて情けない顔になった。

「や、ほんと悪かったって……」

二人のやりとりは、聞いていて楽しかった。おかげで悲しい気持ちも少し和らいだ。

chapter2.刑事の秘密

「おおっ、なんかこう高い所って、ひゅんってならないか?」

鷹沢が身震いをしながら言った。

「どこが」

「ここが」

と指さしたのは股間だ。私は思わず目をそらした。

「女の人が居る前でなに言うんだよ、セクハラ刑事」

まったくもう、と呆れながら木村は窓の外に目を向けた。

「こんな気持ちだからかな、やけに景色が綺麗に見える。お姉さんと俺、今日はお互い、本当に辛い日だったね」

「あんたがわざわざひとりで気分転換に来たってのに、こうして邪魔しちまって、すまない」

鷹沢がまた謝ってくれた。もしそう思うのなら、気持ちが明るくなる話が聞きたいというと、木村も賛同してきた。

「俺も同じくフラレて落ち込んでるから、なにか楽しい話聞きたいなー、鷹沢刑事さん」

「仕事の話はできねぇから、自分のことでも良いか?」

それは当たり前だろう。守秘義務というものがあるのは、知っている。

「そうだな~、楽しい話……あ、今俺がハマってるのは、スポーツ観戦」

「へぇ。なんのスポーツ? サッカーとか?」

「スポーツ全般好きだけど、一番見るのは野球だな。とくに高校野球」

鷹沢が野球が好きだというと、木村の目が輝いた。

「俺も! メジャーリーグと、甲子園は一度は生で見てみたい」

「甲子園は絶対生で見るべき! あの青春ぜんぶ注ぎ込んでる感じが、見てて感動すんだよ。たまんねぇもん」

「刑事さんがもらい泣きしてるとこ見れるなら、絶対行きますよ」

男二人で盛り上がっている。二人が言っていることは、私にも分かった。とにかく一生懸命なのは、見ていて感動を呼ぶからだ。

「刑事さんは野球やってたんですか?」

「いやー、俺はバスケ部」

これだ白熱して話をしていたから、てっきり経験者かと思ってしまったが違うようで、木村も肩すかしを喰らっていた。

「なんだよ、やってたのかと思った」

「観るのが好きなものと、やるのは違うんだよ」

「まあ、確かに……ちなみに俺も、バスケ部でした」 

「へえ、なんか嬉しいな。ポジションは……フォワードあたりか?」

気が合うのか、話が盛り上がっていく。

「当たり。刑事さんは、ガタイ良いし、センターでしょ? 俺、今でも時々、市民体育館とか借りて友だちとバスケやってるから、今度一緒にどうです?」

彼らは体を動かすのが好きなんだなと話を聞いていて思う。こうやってすぐに仲良くなっていくのも、羨ましい。

「お、いいね! つっても、休みがあえばな」

「確かに……俺もまだまだ経験が足りなくて、単発で色んなところに行くようにしてるから、休みがなさすぎて彼女にフラレたんだった」

と寂しそうに木村は笑った。けれど一生懸命自分の仕事を頑張っている人は素敵だと私は思う。

「俺も、刑事としてはキャリアが浅いから似たようなもんだ。そんでもって、ついでに言うとな……俺、高い所が苦手なんだわ……」

そう言った鷹沢の顔が引きつっていた。

「え! 大丈夫? これ日本でもかなり大きい観覧車だけど」

「正直……あんまり大丈夫じゃない……」

顔色が悪くなっている気がした。私が大丈夫ですか? と声をかけると力なく笑う。

「ああ、あんたやさしいな。俺の心配までしてくれてありがとう……」

息が荒くなっていく刑事の手を木村が取る。

「刑事さん、いわゆる高所恐怖症ですか?」

「そうだよ、悪いか。なんだよ、手なんか握って……」

「俺は医者だから、安心していいよ。うん、少し手が冷たくて発汗してるね。精神的なものだから大きく深呼吸して、違うことを考えましょうか」

木村の口調が変わった。さっきより凛としていて頼もしく見える。

「この手を握ってあげてください」

私は言われる通り刑事の手を握る。

「高所恐怖症などの精神的なものは、なにか理由や目標があると克服しやすいんです」

ゆっくりと落ち着いた口調で話す木村は、驚くほど医者然としていた。患者を納得させる安心感がある。

「そう、なのか?」

「ええ、だからあなたは、私を捕まえるという使命感で、この観覧車に乗っている。仕事で犯人を捕まえる過程だと思っていてください。降りたらまた犯人を追うのだと、緊張感を持っていてください」

木村の言葉を鷹沢は繰り返した。

「……そうだ、俺は刑事で……犯罪を取り締まるためにここにいる……」

「そうです。あなたは俺たちの暮らしているこの日本を守ってくださっている」

握っている鷹沢の手が少し温かくなって、呼吸も整ってきた。

「お前すげーな。おかげで少し不安が治まった。俺のメンタルもまだまだ弱っちいな」

「そんなことないですよ。苦手な物が一つもないなんて、そんな完璧な人間、どこにもいません」

「イケメンで優秀な医者のお前に言われてもな……でもサンキュー」

感謝されて、にこやかに笑う木村は医者の顔から、普通の男の人に戻っていく。

すると、刑事の携帯が鳴った。

「はい鷹沢です。自分ですか? 今ちょっと手違いで、観覧車に乗ってまして……はい」

なにか仕事の電話らしいので、木村が気を利かせて話かけてくる。

「聞いちゃだめなのかもしれないけど、君はなんでフラレたの?」

今の仕事をやりたくて、転職して忙しくても好きだから頑張っている。それを相手も理解してくれていると勝手に思っていたのだ。だから確かに、私にもダメなところはたくさんあった。

「あ、俺と同じタイプかも? 忙しくても相手はわかってくれてると思って、油断してたんだよね。好きだったのに、自分で台無しにしてさ……そっかー、お互いツライね」

私も彼とのことを思い出して少し切なくなってしまった。お互いしんみりとしていると、いつの間にか電話を終えていた刑事の鷹沢が会話に入ってくる。

「そういう相手がいたこと自体が羨ましい。俺からしてみれば」

「鷹沢さん、まじで彼女いないの?」

「いねぇよ! 羨ましいって言ってんだろ。どうせ寂しい独り者だよ」

鷹沢は溜息を混じりに肩を落とす。

「さーせん……」

突っ込みすぎたと思ったのか、木村は少し声のトーンを落として謝っていた。

「三年も彼女なし……仕事が忙しすぎてそれどころじゃねぇしな」

「イケメンなのにもったいない」

鷹沢は刑事、忙しいのは国を守るためだ。立派なことだと思う。

そう伝えると、鷹沢は笑顔を見せてくれた。

「木村の冗談は置いといて、あんたみたいな女性に褒めてもらえるのは光栄だな。国を守るとかそんな大げさなことじゃねえけど、そうやって改めて言われると、嬉しいもんだ」

と言いつつ、少し声が震えてきている。また怖いのを思い出してしまったのかなと感じた。

「はぁ……君みたいに理解ある彼女だったら、フラれなかったのかな……今日だって久しぶりのデートだと思って当直明けで来たのに……」

私も、忙しい日々が続いていて、彼氏と休みが噛み合わなかった。

「あ、会えない、から、フラレた、のか?」

「なんつーか、すれ違いが少しずつ積み重なって行く……って鷹沢さん、顔色また悪くなってますよ!?」

徐々に高くなっていく観覧車。少しずつ声がうわずってきていた鷹沢がついに弱音を吐いた。

「あ~、すまん、だめだ。外見たくないから目閉じる。お嬢さんさ、もっかい手借りていいか?」

情けない声を上げると目をつぶって手探りで私の手を握ろうとした。高所恐怖症なのは本当のようだ。

私の目の前に木村の手が差し出される。そして鷹沢はそれが木村の手だとは気づかず握っていた。

「ありがとな。さっきより骨ばってる感じがするけど……でもこうしていると安心する。女の子の手は温かいんだな……」

「あら嬉しいわ」

裏声で答える木村にすぐに気が付いたようだ。

「って、ヲイ! お前かよっ」

木村だとわかり、手を振り払った。

「そんな振り払わなくても良いじゃないですか~。安心するんでしょ?」

おどけているのは、どうやら鷹沢の気を紛らせるためのようだった。

「なんで好きこのんで男の手を……って、もうすぐてっぺんか

あ~~無理無理……早く降ろしてくれ……」

観覧車の最高到達点が近づくにつれ、揺れががひどくなっていった。今日はいつもより風が強いようだ。

「うわー、揺れすぎっ。二人とも怖くないのか?」 

そう聞かれ、私は怖がっている鷹沢には申し訳ない気持ちになった。むしろ、好きな方だからだ。

「あんたは高い所も絶叫系も好きなクチか。なんだかんだ女の方が度胸あるよな、ははっ」

鷹沢がひきつった笑いを見せる。

「俺も高い所は嫌いじゃないからなぁ……ほら良い景色じゃん、もうすぐ陽が落ちて、建物の陰影が綺麗だよ」

気を反らせればいいのだけど、景色を見る余裕など鷹沢にはなさそうだ。

「いやいや揺れすぎだろ! 風が強くなってきたから余計……怖ぇよお……」

ぼろりと本音が漏れている。やっぱり怖いらしい。

「とりあえず、そのまま目つむってなよ。ネクタイとシャツのボタン外してやるから、深呼吸して」

これはだめだなと思ったのか、木村が鷹沢にまた色々と声をかけた。

「あとは、さっき言ったこと思いだして。刑事さんは仕事の真っ最中で、余計なこと考える暇はない。ほら、怖いならさっさと目も閉じて」

「揺れると、ゴンドラが落ちないか心配で目を閉じてられねぇんだよ……」

「じゃあ、さっき外したネクタイ借りますよ。これで目隠しすれば見えないでしょ」

物理的に隠してしまえと、木村がネクタイを手に取った。

「いや、それはさすがに……」

「女性の前だからって見栄はらない。恥ずかしがってる場合じゃないでしょ。ここ降りたらすぐ犯人探すんだし、なるべく体力温存すべきだと思うけど?」

しぶしぶという感じで木村に目隠しをされた鷹沢が、ギュッと私の手を握ってくる。

「悪い……やっぱり手を貸してくれ」

その手は冷たく汗ばんでいて、本当に辛そうだった。

「うーん、この高さだと急に恐怖症を克服するのは無理があるか。じゃあ、俺も手を繋いであげますよ」

そう言って木村が手を握ろうとすると、鷹沢はスッとそれをよけた。

「いや、彼女だけで充分だ。気持ちだけ受け取っておくわ」

「なんだよ刑事さん、差別だ」

「差別じゃねぇ、ただの好みだ」

そのやりとりに思わず笑いが漏れた。

「あ、お姉さんが笑った」

二人は会ったばかりで、しかも出逢いは最悪だったはずなのに、息がピッタリだと思ったのだ。

「お前のせいで女性に笑われたぞ」

「いいじゃん、楽しい話をしようよ」

その意見には私も賛同して、じゃあここを出たら何をしたいかと聞いてみた。

「俺は……そうだな……これを捨てようかな」

これ、と言って木村は指輪を出した。

「俺には見えないから、説明してくれよ」

目隠しをされたままの鷹沢にはこれと言って出したものは見えていない。

「刑事さんは別に分からなくていいよ」

「仲間はずれかよ」

やっぱりこの二人、実は気があっている気がする。

「指輪だよ。分かるだろ。さっき盗んだって思われたやつだよ」

「そんな未練、今すぐ捨てろ」

「他人事だと思って……いや、でも、そのとおりだな。うん、そうだな、降りたら捨てる!」

決意を込めて木村が言うと、鷹沢が茶化した。

「無理しちゃって」

「無理してるに決まってるだろ! あー、君の肩で泣いてもいい? ほんとに好きだったんだけどなぁ……」

私の肩に寄り掛かってきた木村が、グスッと鼻を鳴らすから釣られてしまった。

「おい、ほんとにもしかして泣いてる? ちょ、お前のせいで彼女まで泣き始めたぞ。ふたりとも泣くなって」

二人で涙をこぼしていると鷹沢は困ったように、けれど二人の頭を撫でて慰めてくれた。

「ははっ、頭なでてもらうなんて何年ぶりだろ。あんた、優しいんだな。お姉さんもそう思うでしょ?」

泣きながら頷く私。

「んなわけねぇだろ……」

「あ、照れてる」

泣き笑いで木村が言うと、鷹沢は彼の頭を軽く小突いた。

「泣いてたくせに、人のことからかうな。でも、あんたらは本気で恋愛してたんだな。冗談抜きで羨ましい。何だって本気ってのは、いいもんだ」

そう言われて、私は不器用なりに本気で恋愛していたなと思う。結果フラれたけれど。

「鷹沢さんこそ、何事も本気でやりそうな人だよな。俺のことおっかけてきたときも、マジで怖かったし」

私も正直、観覧車に入ってこられたときの顔は、ちょっと怖いと思った。

「う、悪かったって……ほら、仕事はいつも一生懸命やってんだが……今回はこんなドジ踏んじまって……」

「もう気にしてないからいいっすよ。それより、観覧車てっぺん過ぎて地上に戻るだけだから、目隠し取ろうか?」

「あとどのくらい?」

「残り四分の一くらい」

なら大丈夫かな、と鷹沢が言った。

「じゃあ外す」

ネクタイを外した瞬間だった。ガタンと音を立てたかと思うと、観覧車が止まってしまった。

chapter3.別れ

「どうした!? 止まったぞ? つかまだ全然高いんですけど!?」

「ほんとだ、なんで止まったんだろう? トラブルかな? きっとすぐ動くから大丈夫でしょ」

「俺が大丈夫じゃないんだよ!」

と鷹沢は私にしがみついてくる。

観覧車がまた大きく揺れた。さらに風が強くなってきたらしい。

「無理!!」

さらにぎゅっと私にしがみついている鷹沢を見て、木村が苦笑する。

「刑事さん? その、女性にしがみつくのは……さすがに、強制わいせつでは?」

「うっ……わりぃ、わざとじゃないから……」

鷹沢に悪気がないのもわかっているから、私は全然嫌ではない。

「お姉さんは本当に優しいね」

また鷹沢の電話が鳴った。

「もしもし……はい……はい。え??」

電話で話しているうちに、恐怖の表情が消えて、きりっとしたものになっていく。そしてメモを取りながら、驚いた声を上げた。

「なんだろうね……事件かな?」

と耳打ちをしてくる木村に、私もどうしたのだろうと頷く。

「はい、確認してみます。同乗している一般人の方にも協力してもらいます」

鷹沢の顔つきが変わっていた。真剣な眼差しにドキッとする。

そして今の電話の内容を私たちにも教えてくれた。

「犯人が園内に逃げたらしい。高い所から位置を特定してほしいそうだから、悪いが協力してもらえるか?」

そういうことならもちろん協力したい。

「もちろん。犯人の特徴は?」

木村も大きく頷いて、真剣な表情をしていた。

「黒のキャップを被って、グレーのリュックを背負っている男性を探して下さい」

「うげ、ごまんといそうな格好だな」

「お嬢さんも、協力してくれてありがとう。ん? そりゃ高いところは怖いけど、今は犯人逮捕が最優先だからな」

私たちは三人で四方の窓に別れて外を探した。

「あ! あれだ、あのジェットコースターの下にいるやつ!」

いわれた方を見ると、たしかにグレーのカバンを持っているが、キャップは被っていない。

鷹沢は携帯で他の刑事に連絡を入れて指示を出していた。そしてまた折り返し電話がかかってくる。

「はい、そうですか。違ったみたいです」

その言葉に私と木村は落胆と共に、やる気も起きた。

「オーケー、とことん探してやる!」

私たちで見つけてやるという気持ちが沸いてきた。

そしてまた三人で観覧車から外を見て、人混みから対象を探す。

こうして見てみると、似たような格好をしている人が多い。

私が見ている中に、犯人らしき人を見つけた。

「いたか? どこに?」

私があそこですと指を指すと、近くに二人とも寄ってきた。

「ああ、あれか! 黒い帽子にグレーのカバン」

しかもキョロキョロとしていて挙動が不審だ。

すぐさま鷹沢が携帯でメッセージを打つ。

「メリーゴーランドの近くに同僚がいるから……ほら、気づいて追いかけた」

「あ、追いついた。腕摑んでぶん投げてる! 警察官すげーなー」

一部始終を上から見ていた私たちは、犯人が無事に捕まってホッと胸を撫で下ろす。

とたん、ふらりとよろけた鷹沢を、木村と私が同時に支えた。

「っておい! 刑事さん貧血か?」

「悪い、なんか、犯人逮捕で気が抜けた」

とその場にへたり込んでしまった。

すると止まっていた観覧車が動き出した。

「もしかして、俺たちに犯人探させるために止まってたのか?」

「まあ……そういうことだ。ふたりの協力に警察を代表して感謝する……」

と手を握られた。

「強がっちゃって……」

木村が茶化すように、けれどそれは鷹沢を労るようにも聞こえた。

「まあな。でもあと少しの間はおとなしく目をつむっておく」

そう言って、鷹沢はまた目を閉じようとするが、木村が鷹沢の手を取る。

「お姉さんと俺とで手を繋いでおくから、三人並んで座って景色見ようよ。ちょうど夕焼けだ」

三人で手を繋ぎ、夕日を眺める。徐々に観覧車が降りてくると、鷹沢がホッと息を吐いた。 

「ああ、これなら怖くない。それに本当に夕日が綺麗だな」

沈んでいく夕日が高層ビルを赤く染めていく。その赤い色が目に染みるほど綺麗だと思った。

「お姉さんも俺も、悲しい一日になるはずが、おかしなことになったね。何年か経って今日を思い出すとしたら、俺は彼女にフラれたことより、刑事さんに追いかけられて観覧車で和解して、出会った君が優しかったことを思い出すよ」

私もきっと同じだ。

そして鷹沢は少し沈んだ声で言った。

「俺もドジをした記憶を忘れられないんだろうな。こんな怖い想いをする羽目になったことも」

「それは鷹沢さんの自業自得でしょ」

「うっ……否定できん」

こういう二人のやりとりは楽しかった。

けれどそれももうすぐ終わりだ。地上が近づいてきた。

「ああ~、やっと地上だ」

「あと少しで終わりだね……」

ぎゅっと二人から手を握られた。刑事は手が冷たいのでたぶん他意は無い。高所が怖かったからだろう。

もう一人の木村は、少し暖かいけれど汗をかいている。

「もし、もしさ……このままサヨナラして、またどこかで偶然に会えたら……その時は運命だと思って、連絡先を聞いても良い?」

その木村の言葉に少し胸がときめいてしまった。フラれたばかりなのに許されるだろうか。

けれどフラれた気持ちを断ち切るには、次の恋が一番の薬だと知っている。

すると鷹沢も私に声をかけてきた。

「俺も、また会えたら、連絡先を教えてほしい。職質じゃないから」

冷たい手でギュッと強く摑んでくる。

「あ、刑事さんがナンパしてる」

うるせぇ、と言った後、鷹沢は木村に反撃した。

「お前こそ、フラれたばっかりのくせに」

その言葉に、うっと胸をわざとらしく押さえた木村に、私と鷹沢は笑ってしまった。

「ま、どっちも、次にもし会えたらってことで。お姉さんがどっちに会いたいと思っているかは、聞かないでおくよ」

そしてガコン、と大きく揺れて、ゴンドラがゆっくりになった。係員の姿が見えてきた。

もうお別れだと思った時、耳元で囁かれた。

「あんたはイイ女だよ。犯人探しも協力してくれて、俺の弱さを見ても笑わなくて。いつか、またどこかで会いたい」

そう言って鷹沢が手をギュッと強く握る。

私はうれしさと恥ずかしさが混じったけれど、その手を強く握り返した。

すると、こちらを向いてと言わんばかりに、木村が手を握ってくる。

そして整った顔を真剣なものに変えて、囁いた。

「フラれて刑事に追いかけられて、同じ日にフラれた君と、観覧車に乗って。こんな出会いは二度とないと思う。今度また巡り合ったら、絶対運命だ」

私は何も答えられず、けれど目を合わせて微笑んだ。

もし、また会うことができたのなら、その時は。

係員が扉を開け、にこやかに「お疲れ様でした」と笑いかけてくる。

私もどちらかが運命の人だったらいいな、と今日の出会いを思った。

「そう思ってくれたら、それは嬉しいな」

木村がそう言って笑いかけた。

「きっとまた会える」

鷹沢は真剣な表情でそう言った。

そして私の手をギュッと二人が強く握る。

「サヨナラ運命の人」

「また、会える日まで」

フラれた悲しみより、これからの自分の未来に光が見えた瞬間だった。

西門(さいもん)

BL小説家。小説花丸より「永遠と一瞬」でデビュー。
現在はルチル文庫、電子書籍「小説花丸」で活躍中。
3月15日にルチル文庫より「束縛彼氏と愛の罠」が発売。その他作品「溺愛彼氏と小さな天使」「初恋のゆくえ」など、王道エンタメBL小説メインに執筆をおこなっている。